うごめくもの
蠢く者

冒頭文

父は一昨年の夏、六十五で、持病の脚氣で、死んだ。前の年義母に死なれて孤獨の身となり、急に家財を片附けて、年暮れに迫つて前觸れもなく出て來て、牛込の弟夫婦の家に居ることになつたのだ。その時分から父はかなり歩くのが難儀な樣子だつた。杖無しには一二町の道も骨が折れる風であつたが、自分等の眼には、一つは老衰も手傳つてゐるのだらうとも、思はれた。自分も時々鎌倉から出て來て、二三度も一緒に風呂に行つたことがあ

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「中央公論」1924(大正13)年4月

底本

  • 子をつれて
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1952(昭和27)年10月5日