故正岡子規先生の『仰臥漫録』は、私の精神生活にはなくてかなわぬ書物の一つであった。 『仰臥漫録』の日々の筆録が明治三十四年九月に入って、「病人の息たえだえに秋の蚊帳」とか「病室に蚊帳の寒さや蚊の名残」とか、「糸瓜(へちま)さへ仏になるぞ後(おく)るるな」などいうあわれな句が書いてあるようになって、その廿三日のくだりに、 九月廿三日。晴。寒暖計八十二度(午后三時) 未明ニ家人ヲ起シテ