しせんをこえて 02 たいようをいるもの
死線を越えて 02 太陽を射るもの

冒頭文

一 検事審問室は静かであつた。 その室は白壁を塗つた、無風流なものであつたが、栄一はそれをあまり気にもしなかつた。彼は一時間以上そこで待たされた。生憎、書物も何にも持たずに来たものだから、その間彼は冥想と祈りに費した。 東向の窓は大きな硝子張のものであるが、日あたりの悪い故か、何となしに陰気であつた。窓の向うに赤煉瓦三階立の検事詰所が見える。 何人かの検事や書記が繁く出入をして居る。

文字遣い

新字旧仮名

初出

「死線を越えて 中巻 太陽を射るもの」改造社、1921(大正10)年11月28日初版発行

底本

  • 死線を越えて(三部作全一巻)
  • キリスト新聞社
  • 1975(昭和50)年7月30日