かたずば
勝ずば

冒頭文

夜明けであった。隅田川以東に散在する材木堀の間に挟まれた小さな町々の家並みは、やがて孵化(ふか)する雛(ひな)を待つ牝鶏(ひんけい)のように一夜の憩いから目醒めようとする人々を抱いて、じっと静まり返っていた。だが、政枝の家だけは混雑していた。それも隣近所に気付かれないように息を殺しての騒ぎだった。政枝が左手首を剃刀(かみそり)で切って自殺を計ったという騒ぎである。 姉の静子は医者を呼んだ

文字遣い

新字新仮名

初出

「新女苑」1937(昭和12)年12月号

底本

  • 岡本かの子全集4
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1993(平成5)年7月22日