むしのこえ
虫の声

冒頭文

東京の町に生れて、そして幾十年といふ長い月日をこゝに送つた………。 今日まで日々の生活について、何のめづらしさをも懷しさをも感じさせなかつた物の音や物の色が、月日の過ぎゆくうちにいつともなく一ツ一ツ消去つて、遂に二度とふたゝび見ることも聞くこともできないと云ふことが、はつきり意識せられる時が來る。すると、こゝに初めて綿々として盡きない情緒が湧起つて來る——別れて後むかしの戀を思返すやうな

文字遣い

旧字旧仮名

初出

底本

  • 日本の名随筆19 虫
  • 作品社
  • 1984(昭和59)年5月25日