わが車は、とある村に入りぬ。軒ごとに吊りほせるかけ菜の、あるかなきかの風にゆらめきて、鶏のこゑ、長閑にきこゆ。轍におこる塵かろく舞ひ、藪ぎはの緋桃の花、ほろり〳〵散る。高安の春、いま闌なり。いつしか、村をはなれつ。から〳〵と軋り行く輞(おほわ)の右左、みだれ咲く菜の花遠くつゞきて、蒸すばかり立ちのぼる花の香の中を、黄なる、白き、酔心地に蝶の飛びては憩ひ、いこひてはとぶ。いづこともなく、筬のおときこ