まつかぜのおと
松風の音

冒頭文

東京の郊外で夏を送っていると、時々松風の音をなつかしく思い起こすことがある。近所にも松の木がないわけではないが、しかし皆小さい庭木で、松籟(しょうらい)の爽(さわ)やかな響きを伝えるような亭々(ていてい)たる大樹は、まずないと言ってよい。それに代わるものは欅(けやき)の大樹で、戦争以来大分伐(き)り倒されたが、それでもまだ半分ぐらいは残っている。この欅が、少し風のある日には、高い梢の方で一種独特の

文字遣い

新字新仮名

初出

「心」1961(昭和36)年5月号

底本

  • 和辻哲郎随筆集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1995(平成7)年9月18日