なつめせんせいのついおく
夏目先生の追憶

冒頭文

一 夏目先生の大きい死にあってから今日は八日目である。私の心は先生の追懐に充ちている。しかし私の乱れた頭はただ一つの糸をも確かに手繰(たぐ)り出すことができない。私は夜ふくるまでここに茫然と火鉢の火を見まもっていた。 昨日私は先生について筆を執る事を約した。その時の気持ちでは、先生を思い出すごとに涙ぐんでいるこのごろの自分にとって、先生の人格や芸術を論ずるのがせめてもの心やりで

文字遣い

新字新仮名

初出

「新小説」1917(大正6)年1月臨時号

底本

  • 和辻哲郎随筆集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1995(平成7)年9月18日