そうせきのじんぶつ
漱石の人物

冒頭文

私が漱石と直接に接触したのは、漱石晩年の満三個年の間だけである。しかしそのおかげで私は今でも生きた漱石を身近に感じることができる。漱石はその遺した全著作よりも大きい人物であった。その人物にいくらかでも触れ得たことを私は今でも幸福に感じている。 初めて早稲田南町の漱石山房を訪れたのは、大正二年の十一月ごろ、天気のよい木曜日の午後であったと思う。牛込(うしごめ)柳町の電車停留場から、矢来下(

文字遣い

新字新仮名

初出

「新潮」1950(昭和25)年12月号

底本

  • 和辻哲郎随筆集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1995(平成7)年9月18日