つまこいゆき
妻恋行

冒頭文

さびれ切つた山がかりの宿のはづれ、乗合自動車発着所附近。上手に待合小屋、下手に橋。奥は崖、青空遠く開け、山並が望まれる。 夏の終りの、もう夕方に近い陽が、明る過ぎる。よそ行きの装をした百姓爺の笠太郎が、手紙らしいものを右手に掴んで、待合の前に立ち、疲れ切つた金壺まなこを落込ませ、ヤキモキしながら延び上つては橋の向ふを注視してゐる。待合の板椅子の上には下駄を脱いであがり込んでペタンと坐つて

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮」1935(昭和10)年2月号

底本

  • 三好十郎の仕事 第一巻
  • 學藝書林
  • 1968(昭和43)年7月1日