あまくさのはる
天草の春

冒頭文

三月二十三日 きのう越後からの便りに、越路はまだ深い雪の中で、春まだ遠くとあつたが、肥後路の季節は早く、菜の花も桜も今や満開、らんまんの春の姿である。しかしこの日は珍しく北の風が出て雲低く、さきがけた春の出ばなをくじかれた思いで、天草への船が三角港を出帆したころは、粉雪さえ落ちはじめ、デツキに立つてもいられない程であつた。けれども船数の少い航路のこととて、船室はぎつしり満員なので、レイン

文字遣い

新字新仮名

初出

「九州路抄」日本交通公社、1948(昭和23)年9月15日

底本

  • 現代日本紀行文学全集 南日本編
  • ほるぷ出版
  • 1976(昭和51)年8月1日