きおくのまま
記憶のまゝ

冒頭文

故人には逸話が多かつた。數年間交際を繼續して居た人々は誰でも他の人には知られない、單に自分との間にのみ起つた或事實の二つや三つは持つて居ないことは無いであらう。それが大抵は語れば一座が皆どつと笑ひこけるやうなことのみに屬して居るらしい。一體故人の生涯は恐ろしい矛盾の生涯であつた。矛盾といふことは人生の常態であるにしても故人のは殊に甚だしいのである。あの何事にも理窟が立つて時としては其弊に墮する程滔

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「アララギ 第六卷第十一號 伊藤左千夫追悼號」1913(大正2)年11月15日

底本

  • 長塚節全集 第五巻
  • 春陽堂書店
  • 1978(昭和53)年11月30日