しゃぼてんのはな
仙人掌の花

冒頭文

(一) 閑枝(しずえ)は、この小さな北国の温泉町へ来てからは、夕方に湖水のほとりを歩くことが一番好きであった。 丘一つ距てた日本海に陽が落ちると、見る見るうちに湖面は黒くなって、対岸の灯が光を増すのであった。 陽が、とっぷりと暮れる。芦の葉ずれ、にぶい櫓声(ろごえ)、柔かな砂土を踏むフェルト草履の感じ、それらのすべては、病を養う閑枝にとっては一殊淋しいものではあったが、ま

文字遣い

新字新仮名

初出

「猟奇」1932(昭和7)年1月

底本

  • 幻の探偵雑誌6 「猟奇」傑作選
  • 光文社文庫、光文社
  • 2001(平成13)年3月20日