やたてのちびふで
矢立のちび筆

冒頭文

或人(あるひと)に答ふる文(ぶん) 思へば千九百七、八年の頃のことなり。われ多年の宿望を遂げ得て初めて巴里(パリー)を見し時は、明(あ)くる日を待たで死すとも更に怨(うら)む処なしと思ひき。泰西諸詩星(たいせいしょしせい)の呼吸する同じき都の空気をばわれも今は同じく吸ふなり。同じき街の敷石をば響も同じくわれも今は踏むなり。世界の美妓名媛(びぎめいえん)の摘む花われもまた野に行かば同じくこれを

文字遣い

新字旧仮名

初出

底本

  • 荷風随筆集(下)
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1986(昭和61)年11月17日