向島(むこうじま)は久しい以前から既に雅遊の地ではない。しかしわたくしは大正壬戌(じんじゅつ)の年の夏森先生を喪(うしな)ってから、毎年の忌辰(きしん)にその墓を拝すべく弘福寺の墳苑に赴(おもむ)くので、一年に一回向島の堤(つつみ)を過(よぎ)らぬことはない。そのたびたびわたくしは河を隔てて浅草寺(せんそうじ)の塔尖を望み上流の空遥(はるか)に筑波の山影を眺める時、今なお詩興のおのずから胸中に満ち