森先生の渋江抽斎(しぶえちゅうさい)の伝を読んで、抽斎の一子優善(やすよし)なるものがその友と相謀(あいはか)って父の蔵書を持ち出し、酒色の資となす記事に及んだ時、わたしは自らわが過去を顧みて慚悔(ざんかい)の念に堪(た)えなかった。 天保の世に抽斎の子のなした所は、明治の末にわたしの為したところとよく似ていた。抽斎の子は飛蝶(ひちょう)と名乗り寄席(よせ)の高座に上って身振声色(こわいろ)を