たびのたびのたび
旅の旅の旅

冒頭文

汽笛一声京城を後にして五十三亭一日に見尽すとも水村山郭の絶風光は雲煙過眼よりも脆(もろ)く写真屋の看板に名所古跡を見るよりもなおはかなく一瞥(いちべつ)の後また跡かたを留めず。誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに車あり食うに肉あり。手を敲(たた)けば盃酒忽焉(こつえん)として前に出(い)で財布を敲(たた)けば美人嫣然(えんぜん)として後に現る。誰かはこれを指して客舎と

文字遣い

新字新仮名

初出

「日本」1892(明治25)年10月31日から四回

底本

  • 山の旅 明治・大正篇
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2003(平成15)年9月17日