ちちぶきこう
知々夫紀行

冒頭文

八月六日、知々夫の郡へと心ざして立出ず。年月隅田の川のほとりに住めるものから、いつぞはこの川の出ずるところをも究(きわ)め、武蔵禰乃乎美禰と古(いにしえ)の人の詠(よ)みけんあたりの山々をも見んなど思いしことの数次(しばしば)なりしが、ある時は須田の堤の上、ある時は綾瀬の橋の央(なかば)より雲はるかに遠く眺めやりし彼(か)の秩父嶺の翠色(みどり)深きが中に、明日明後日はこの身の行き徘徊(たもとお)

文字遣い

新字新仮名

初出

「太陽」博文館、1899(明治32)年2月

底本

  • 山の旅 明治・大正篇
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2003(平成15)年9月17日