ひにおわれて
火に追われて

冒頭文

なんだか頭がまだほんとうに落ちつかないので、まとまったことは書けそうもない。 去年七十七歳で死んだわたしの母は、十歳の年に日本橋で安政の大地震に出逢ったそうで、子供の時からたびたびそのおそろしい昔話を聴かされた。それが幼い頭にしみ込んだせいか、わたしは今でも人一倍の地震ぎらいで、地震と風、この二つを最も恐れている。風の強く吹く日には仕事が出来ない。少し強い地震があると、またそのあとにゆり

文字遣い

新字新仮名

初出

「婦人公論」1923(大正12)年10月号

底本

  • 岡本綺堂随筆集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2007(平成19)年10月16日