幕末の話である。 某(ある)商人(あきんど)が深更(よふけ)に赤坂(あかさか)の紀(き)の国(くに)坂を通りかかった。左は紀州邸(きしゅうてい)の築地(ついじ)塀、右は濠(ほり)。そして、濠の向うは彦根(ひこね)藩邸の森々(しんしん)たる木立で、深更と言い自分の影法師が怖(こわ)くなるくらいな物淋しさであった。ふと濠傍(ほりばた)の柳の木の下にうずくまっている人影に気づいた。