おおくぼこしゅう
大久保湖州

冒頭文

或秋の夜、僕は本郷の大学前の或古本屋を覗いて見た。すると店先の陳列台に古い菊判の本が一冊、「大久保湖州著、家康と直弼(なほすけ)、引ナシ金五十銭」と云ふ貼り札の帯をかけたまま、雑書の上に抛り出してあつた。僕はこの本の挨を払ひ、ちよつと中をひろげて見た。中は本の名の示す通り、徳川家康と井伊直弼とに関する史論を集めたものらしかつた。が偶然開いた箇所は附録に添へてある雑文だつた。「人の一生」——僕はこの

文字遣い

新字旧仮名

初出

(上)「女性改造 第三巻第五号」1924(大正13)年5月1日、(下)「女性改造 第三巻第六号」1924(大正13)年6月1日

底本

  • 芥川龍之介全集 第十一巻
  • 岩波書店
  • 1996(平成8)年9月9日