苦学こそしなかったが、他人から学資を補助されて、辛(から)く学校を卒業した譲吉は、学生時代は勿論(もちろん)卒業してからの一年間は、自分の衣類や、身の廻りの物を、気にし得る余裕は少しもなかった。 学生で居た頃は、彼はニコニコの染絣(そめがすり)などを着て居た。高等程度の学生としては、粗服に過ぎて居た。が、衣類に対しては、無感覚で無頓着であった譲吉は、自分の着て居る絣が、ニコニコであるか何