はるさめにぬれたたび
春雨にぬれた旅

冒頭文

志摩から伊勢、紀伊と旅して行つた時のことが第一に思ひ出される。其時、私は糸立(いとだて)を着て、草鞋(わらぢ)を穿いて歩いて行つた。浜島から長島までの辛い長い山路、其処には桃の花の咲いてゐる畑(はた)もあれば、椿の花の緑葉(みどりは)の中に紅く簇(むらが)つてゐる漁村もあつた。五ヶ所を通つた時は、空のよく晴れた日で、渡つて行く舟の櫓の音が、湖水のやうな静かな入江に響き渡つた。 蒼い顔をした、真

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文章世界 第六巻第五号」1911(明治44)年4月1日

底本

  • 定本 花袋全集 第二十七巻
  • 臨川書店
  • 1995(平成7)年7月10日