いぬ

冒頭文

「馬鹿に鳴くね。大きな犬らしいね」Bを見送りに来たMが言ふと、すぐ傍(そば)の籐椅子に腰をかけてゐたT氏は、 「H領事の犬だらう? 先生方も今日立つ筈だからね」 その犬の悲鳴する声は、甲板の下のハツチのあたりから絶えずきこえて来た。小さな箱の中に入れられて、鉄の棒の間から鼻を出したり口を出したりして、頻りに心細がつて鳴いてゐるのであつた。 「Hさん、何処に行くんですか?」 Mが

文字遣い

新字旧仮名

初出

「婦人公論 第九年第九号」中央公論社、1924(大正13)年8月1日

底本

  • 定本 花袋全集 第二十一巻
  • 臨川書店
  • 1995(平成7)年1月10日