あさじぬま
あさぢ沼

冒頭文

一 私は知つてゐる人に逢はないやうに沼の向う側を通つて行つた。なつかしい沼、蘆荻の深く生ひ茂つてゐる中に水あほひの濃く紫に咲いてゐる沼、不思議な美しい羽色をした水鳥の棲んでゐる沼、私の恋を育てゝそして滅して行つた沼——さびしい田舎の停車場を下りて、百姓家について幾曲も曲つた路を通つて、それからずつと此方へと歩いて来て、その銀色した沼の一部を眼にした時には、私は一種の顫えを心に感じて、ぢつとそこに

文字遣い

新字旧仮名

初出

「令女界 第五巻第一号」1926(大正15)年1月1日

底本

  • 定本 花袋全集 第二十二巻
  • 臨川書店
  • 1995(平成7)年2月10日