まちのそこ
街の底

冒頭文

その街角には靴屋があった。家の中は壁から床まで黒靴で詰っていた。その重い扉のような黒靴の壁の中では娘がいつも萎(しお)れていた。その横は時計屋で、時計が模様のように繁っていた。またその横の卵屋では、無数の卵の泡の中で兀(は)げた老爺が頭に手拭を乗せて坐っていた。その横は瀬戸物屋だ。冷胆な医院のような白さの中でこれは又若々しい主婦が生き生きと皿の柱を蹴飛ばしそうだ。 その横は花屋である。花

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 愛の挨拶・馬車・純粋小説論
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 1993(平成5)年5月10日