ひょうとう
氷島

冒頭文

自序 近代の抒情詩、概ね皆感覺に偏重し、イマヂズムに走り、或は理智の意匠的構成に耽つて、詩的情熱の單一な原質的表現を忘れて居る。却つてこの種の詩は、今日の批判で素朴的なものに考へられ、詩の原始形態の部に範疇づけられて居る。しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。藝術としての詩が、すべての歴史的發展

文字遣い

旧字旧仮名

初出

漂泊者の歌「改造 第十三卷第六號」1931(昭和6)年6月号<br>遊園地《るなぱあく》にて「若草 第七卷第七號」1931(昭和6)年7月号<br>乃木坂倶樂部「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>殺せかし! 殺せかし!「蝋人形 第二卷第十二號」1931(昭和6)年12月号<br>歸郷「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>家庭「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>珈琲店 醉月「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>新年「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>晩秋「都新聞」1931(昭和6)年1月22日<br>品川沖觀艦式「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>火「ニヒル 創刊號」1930(昭和5)年2月号<br>小出新道「日本詩人 第五卷第六號」1925(大正14)年6月号<br>告別「ニヒル 創刊號」1930(昭和5)年2月号<br>動物園にて「ニヒル 創刊號」1930(昭和5)年2月号<br>中學の校庭「薔薇」1923(大正12)年1月号<br>國定忠治の墓「生理 ※[#ローマ数字1、1-13-21]」1933(昭和8)年6月<br>虎「生理 ※[#ローマ数字1、1-13-21]」1933(昭和8)年6月<br>無用の書物「文藝春秋 第八卷第一號」1930(昭和5)年1月号<br>虚無の鴉「文藝春秋 第五卷第三號」1927(昭和2)年3月号<br>我れの持たざるものは一切なり「文藝春秋 第五卷第三號」1927(昭和2)年3月号<br>監獄裏の林「日本詩人 第六卷第四號」1926(大正15)年4月号<br>昨日にまさる戀しさの「古東多万 第二年第一號」1932(昭和7)年1月号

底本

  • 萩原朔太郎全集 第二卷
  • 筑摩書房
  • 1976(昭和51)年3月25日