としまがおか
豊島ヶ岡

冒頭文

江戸川の終點にて下り、目白臺を左にし、小日向臺を右にして、音羽八町を行き盡くせば、護國寺の門につき當る。そこを豐島ヶ岡と稱す。一帶の丘陵、樹木欝蒼として秀色掬すべし。殊に音羽の道路の坂ともつかずに次第々々に高まること、他に其比を見ず。門前より牛込を見渡してもはれ〴〵しく、音羽の入口より豐島ヶ岡の秀色を仰ぐの風致は、げに都の中にもと驚かるゝばかり也。 豐島ヶ岡は、一に墳墓の岡とも云ふべくや。豐

文字遣い

旧字旧仮名

初出

底本

  • 桂月全集 第二卷 紀行一
  • 興文社内桂月全集刊行會
  • 1922(大正11)年7月9日