はえ

冒頭文

秋も大分深くなって、窓から見える芋畑もすっかり葉が繁った。田中氏は窓際の机に凭って朝食後の煙草を燻(くゆら)して、膝の上に新聞を展げてゐた。さうしてゐると、まだ以前の習慣が何処かに残ってゐるやうで、出勤前のそはそはした気持になるのだった。 今、湯殿では妻が洗濯してゐる音が聞える、彼は不意とその方へ声が掛けたくなる衝動を抑へて、静かにぢっと耳を澄ました。すると気の所為か、妻は時々何か思案し

文字遣い

新字旧仮名

初出

底本

  • 普及版 原民喜全集第一巻
  • 芳賀書店
  • 1966(昭和41)年2月15日