こいつまでありかたきであった
恋妻であり敵であった

冒頭文

中央公論の二月号と三月号とに、文壇諸家の交友録が載つてゐました。そのなかに正宗白鳥氏は今は亡き人の平尾不孤、岩野泡鳴二氏を回想して、二人とももつと生きてゐたら、もつと仕事をしてゐただらうに、惜しいことをしたものだと言つてゐました。ほんたうにさうで、二氏はそれぞれ異(ちが)つた才分をもつてゐて、どちらも長生をすればするほど、それが成長してゆく性質のものだつたのを思ひますと、殊に痛惜の念に堪へません。

文字遣い

新字旧仮名

初出

底本

  • 泣菫随筆
  • 冨山房百科文庫、冨山房
  • 1993(平成5)年4月24日