へんろのしょうがつ
遍路の正月

冒頭文

私もどうやら思い出を反芻する老いぼれになったらしい。思い出は果もなく続く。昔の旅のお正月の話の一つ。 それは確か昭和三年であったと思う。私はとぼとぼ伊予路を歩いていた。予定らしい予定のない旅のやすけさで、師走の街を通りぬけて場末の安宿に頭陀袋をおろした。同宿は老遍路さん、可なりの年配だけれどがっちりした体躯の持主だった。彼は滞在客らしく宿の人々とも親しみ深く振舞うていた。そしてすっかりお

文字遣い

新字新仮名

初出

「愚を守る 初版本」1941(昭和16)年8月

底本

  • 山頭火随筆集
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 2002(平成14)年7月10日