しんじゅふじん
真珠夫人

冒頭文

奇禍 一 汽車が大船を離れた頃から、信一郎の心は、段々烈(はげ)しくなって行く焦燥(もどか)しさで、満たされていた。国府津(こうづ)迄(まで)の、まだ五つも六つもある駅毎(ごと)に、汽車が小刻みに、停車せねばならぬことが、彼の心持を可なり、いら立たせているのであった。 彼は、一刻も早く静子に、会いたかった。そして彼の愛撫(あいぶ)に、渇(かつ)えている彼女を、思うさま

文字遣い

新字新仮名

初出

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

底本

  • 真珠夫人(下)
  • 新潮文庫、新潮社
  • 2002(平成14)年8月1日