我が田に水を引くといふことがある。當人は至極眞面目なのだらうが、傍(はた)から見ると、隨分片腹痛い場合がある。氣の毒でもあり、笑止でもある。新聞の論説や政治家の談話などといふものは、毎日のやうにそれを繰返してゐる。然しそれらには恕してやつて可い理由がいくらもある。學者とか教育家とか謂はれる連中の沒分曉な我田引水論となると、私は其奴等の面を引叩いてやりたく思ふことが度々ある。 何時ぞやも、自分等