先刻(さっき)から彼は仕事が手につかなかった。一時間ばかり前に、往診から戻って来た彼は、人力車を降りるなり、逃げ込むように、玄関の隣りにある診察室へ入ると、その儘(まま)室内をあちこち歩いて深い物思いに沈むのであった。 彼の胸はいま、立っても居ても居られないような遣瀬(やるせ)ない気持で一ぱいであった。いつもは彼を慰さめてくれる庭先の花までが、彼を嘲(あざけ)って居るかのように思われた。眼に見