はつおうしん
初往診

冒頭文

先刻(さっき)から彼は仕事が手につかなかった。一時間ばかり前に、往診から戻って来た彼は、人力車を降りるなり、逃げ込むように、玄関の隣りにある診察室へ入ると、その儘(まま)室内をあちこち歩いて深い物思いに沈むのであった。 彼の胸はいま、立っても居ても居られないような遣瀬(やるせ)ない気持で一ぱいであった。いつもは彼を慰さめてくれる庭先の花までが、彼を嘲(あざけ)って居るかのように思われた。

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 2002(平成14)年2月6日