リルケしょかん(ロダンあて) |
リルケ書翰(ロダン宛) |
冒頭文
一九〇二年の秋、巴里にはじめて出かけて行つて、ロダンに親しく接しつつ、遂にロダン論を書き上げ、伯林の一書肆より上梓せしめた後、やや健康を害したリルケは、伊太利ピサの近くのヴィアレジオに赴いて(三月)、靜養してゐた。ヴィアレジオは海に面した、松林の中に居睡りしてゐるやうな、靜かな小さな村であつた。その松林の向うにはピサの町が見えるのであつた。——その村からリルケはロダンに宛てて二通の手紙を書いてゐる
文字遣い
旧字旧仮名
初出
「四季 リルケ研究」1935(昭和10)年5月20日
底本
- 堀辰雄作品集第五卷
- 筑摩書房
- 1982(昭和57)年9月30日