やまにっきそのいち
山日記その一

冒頭文

九月三日 ゆうべ二時頃、杉皮ばかりの天井裏で、何かごそごそと物音がするので、思はず目を覺ました。ちやうど僕の頭の眞上のへん。鼠だらう位に思つて、やがてもう音がしなくなつたので、又すぐ寢てしまつた。 朝、起きぬけにけふこそ一つ仕事をしてやらうと思つて、霧の中をすこし散歩をして歸つてくると、僕を迎へる女房たちの樣子がちよつとばかり變なので、どうかしたのかと訊いてもなかなか白状しない

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「文學界 第五巻第十号」1938(昭和13)年10月号

底本

  • 堀辰雄作品集第四卷
  • 筑摩書房
  • 1982(昭和57)年8月30日