フンヌのもりなど
匈奴の森など

冒頭文

一 秋になりました…… 秋になりました。夏の間、A山の向う側にあるいくつかの牧場に預けられてゐた牛どもも、再びこの村に歸つてきました。その背なかの黒い斑(ぶち)は、なんだか私には、さまざまな見知らぬ牧場の地圖のやうに懷かしく見えるのです。夏ぢう少年や少女たちの乘りまはしてゐた馬どもも、この頃はせつせと刈草を背負つて、村を通り過ぎます。いまから冬の間の食物を貯めるのですが、その刈草の中には

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「新潮 第三十二巻第一号」1935(昭和10)年1月号

底本

  • 堀辰雄作品集第四巻
  • 筑摩書房
  • 1982(昭和57)年8月30日