おもかげ |
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冒頭文
アトリエとその中庭は、節子の死後、全く手入れもせずに放つておかれたので、彼女が繪に描くために丹精して育てられてゐた、さまざまな珍らしい植木は、丁度それらの多くがいま花をさかせる季節なのでごちやごちやにそれぞれの花を簇がらせながら、一層そこいらの荒れ果てた感じを目立たせてゐた。彼女の父親が一種の愛惜と無關心との不思議な混淆から自然とさういふ状態におかせてあつたのである。一つにはその中庭には、ただアト
文字遣い
旧字旧仮名
初出
「新女苑 第四巻第五号」1939(昭和14)年5月号
底本
- 堀辰雄作品集第二卷
- 筑摩書房
- 1982(昭和57)年6月30日