とうじゅうろうのこい
藤十郎の恋

冒頭文

一 元禄(げんろく)と云う年号が、何時(いつ)の間にか十余りを重ねたある年の二月の末である。 都では、春の匂(にお)いが凡(すべ)ての物を包んでいた。ついこの間までは、頂上の処だけは、斑(まだら)に消え残っていた叡山(えいざん)の雪が、春の柔い光の下に解けてしまって、跡には薄紫を帯びた黄色の山肌(やまはだ)が、くっきりと大空に浮んでいる。その空の色までが、冬の間に腐ったような灰色を

文字遣い

新字新仮名

初出

「大阪毎日新聞」1919(大正8)年4月

底本

  • 藤十郎の恋・恩讐の彼方に
  • 新潮文庫、新潮社
  • 1970(昭和45)年3月25日