しきこじとよ |
| 子規居士と余 |
冒頭文
一 松山城の北に練兵場がある。ある夏の夕其処(そこ)へ行って当時中学生であった余らがバッチングを遣っていると、其処へぞろぞろと東京がえりの四、六人の書生が遣(や)って来た。余らも裾(すそ)を短くし腰に手拭(てぬぐい)をはさんで一ぱし書生さんの積(つも)りでいたのであったが、その人々は本場仕込みのツンツルテンで脛(すね)の露出し具合もいなせなり腰にはさんだ手拭も赤い色のにじんだタオルなどであること
文字遣い
新字新仮名
初出
一~四「ホトトギス」1911(明治44)年12月号~1912(明治45)年3月号<br>五~六「ホトトギス」1912(大正元)年5月号~6月号<br>七「ホトトギス」1912(大正元)年8月号<br>八「ホトトギス」1912(大正元)年10月号<br>九「ホトトギス」1913(大正2)年1月号<br>十~十一「ホトトギス」1914(大正3)年12月号<br>十二~十四「ホトトギス」1915(大正4)年1月号~3月号
底本
- 回想 子規・漱石
- 岩波文庫、岩波書店
- 2002(平成14)年8月20日