かさ

冒頭文

秋雨のうすく降る夕方だつた。格子戸の鈴が、妙な音に、つぶれて響いてゐるので、私はペンをおいて立つた。 臺所では、お米を磨(と)いでゐる女中が、はやり唄をうたつて夢中だ。湯殿では、ザアザア水音をさせて、箒をつかひながら、これも元氣な聲で、まけずに郷土(くに)の唄をうたつてゐる。私は細目に、玄關の障子をあけてみた。 「冬子は見えてをりませうか?」 洋服で、骨の折れた傘を、半開きに

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「大阪毎日新聞」1934(昭和9)年12月

底本

  • 中央公論社
  • 1939(昭和14)年2月10日