ちち

冒頭文

一 居間の書棚へ置き忘れてきたという父の眼鏡拭きを取りに紀久子が廊下を小走り出すと電話のベルがけたたましく鳴り、受話機を手にすると麻布の姉の声で、昼前にこちらへ来るというのであった。お父様が今お出かけのところだから、と早々に電話を切り、眼鏡拭きを持って玄関へ行くと沓脱ぎの上へ向うむきにステッキを突いて立っていた父は履物か何かのことで女中の福に小言を云うていたが、紀久子の来た気配に手だけをうし

文字遣い

新字新仮名

初出

「日暦」1935(昭和10)年11月号

底本

  • 神楽坂・茶粥の記 矢田津世子作品集
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 2002(平成14)年4月10日