たびやくしゃのつまより
旅役者の妻より

冒頭文

暑い暑い言うたのも束の間にてもはや秋風たちはじめ、この頃では朝夕膚さむいようになりましたが、まことに久しくおたよりも致さず、あね様はじめ小さい菊ちゃんにもお変りもあらせられませんか。おうかがい申上げます。思えばいまだ暑い盛り、油津よりおたよりいたせし以来今日まで何らの音信もいたしませず、さだめし、いずこいかなるところをさまよい居るかと雨につけ風につけお噂にのぼりお心なやませし御事と今更のように相す

文字遣い

新字新仮名

初出

「文学界」1934(昭和9)年8月号

底本

  • 神楽坂・茶粥の記 矢田津世子作品集
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 2002(平成14)年4月10日