かぐらざか
神楽坂

冒頭文

一 夕飯をすませておいて、馬淵の爺さんは家を出た。いつもの用ありげなせかせかした足どりが通寺町の露路をぬけ出て神楽坂通りへかかる頃には大部のろくなっている。どうやらここいらへんまでくれば寛いだ気分が出てきて、これが家を出る時からの妙に気づまりな思いを少しずつ払いのけてくれる。爺さんは帯にさしこんであった扇子をとって片手で単衣の衿をちょいとつまんで歩きながら懐へ大きく風をいれている。こうすると

文字遣い

新字新仮名

初出

「人民文庫」1936(昭和11)年3月号

底本

  • 神楽坂・茶粥の記 矢田津世子作品集
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 2002(平成14)年4月10日