まどい
惑ひ

冒頭文

一 『本当にどうかして貰はないぢや困るよ、明日は是非神田の方に出掛けなきやならないんだからね』 母親はさう云つて谷の生返事に、頻(しき)りに念を押してゐた。と云つて、彼女は決して、谷をあてにして念を押してゐるのではないと云ふ事は、次の間で聞いてゐる逸子にはよく解つてゐた。そして、また苦しい金策をしなければならないのだなと思ふと何んとも云へない嫌やな気持に圧(お)し伏せられるのだつた。け

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新日本 第八巻第一〇号」1918(大正7)年10月1日

底本

  • 定本 伊藤野枝全集 第一巻 創作
  • 學藝書林
  • 2000(平成12)年3月15日