まどい
惑ひ

冒頭文

その手紙を町子が男の本箱の抽斗(ひきだし)に見出した時に、彼女は全身の血がみんな逆上することを感じながらドキ〳〵する胸をおさへた。『あの女だ、あの女だ。』息をはづませながら彼女はそふ思つた。そして異常な興奮をもつてその表書を一寸(ちょっと)の間みつめてゐた。やがてすぐに非常な勢をもつて憎悪と嫉妬がこみ上げて来るのを感じた。彼女はもうそれを押へることが出来なかつた。直ぐに裂いて捨てたいほどに思つた。

文字遣い

新字旧仮名

初出

「青鞜 第四巻第四号」1914(大正3)年4月1日

底本

  • 定本 伊藤野枝全集 第一巻 創作
  • 學藝書林
  • 2000(平成12)年3月15日