はくちのはは
白痴の母

冒頭文

一 裏の松原でサラツサラツと砂の上の落松葉を掻きよせる音が高く晴れ渡つた大空に、如何にも気持のよいリズムをもつて響き渡つてゐます。私は久しぶりで騒々しい都会の轢音(れきおん)から逃れて神経にふれるやうな何の物音もない穏やかな田舎の静寂を歓びながら長々と椽側近くに体をのばして、甘つたるい洋紙の匂や、粗いその手ざはりさへ久しぶりな染々(しみじみ)した心持で新刊書によみ耽つてゐました。

文字遣い

新字旧仮名

初出

「民衆の芸術 第一巻第四号」1918(大正7)年10月1日

底本

  • 定本 伊藤野枝全集 第一巻 創作
  • 學藝書林
  • 2000(平成12)年3月15日