もうもく
盲目

冒頭文

その日の午後も古賀はきちんと膝を重ねたまゝそこの壁を脊にして坐つてゐた。本をよむことができなくなつてからといふもの、古賀には一日ぢゆうなにもすることがないのだ。終日ぽつねんとして暗やみのなかにすわつてゐるばかりである。時々彼は立上つて房(へや)のなかを行つたり來たりする。わづか三歩半で向ふの壁につきあたるやうな房のなかなのだ。一分間に十往復とすると、一時間には六百囘、距離にすると、一里ちかくになる

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「中央公論臨時増刊号」中央公論社、1934(昭和9)年7月

底本

  • 島木健作作品集 第四卷
  • 創元社
  • 1953(昭和28)年9月15日