あさまさんろく
浅間山麓

冒頭文

落葉松の暗い林の奥で、休みなくかっこうが鳴いている。単調な人なつっこいその木霊(こだま)が、また向こうの山から呼びかけてくる。七月というに、谷川の音に混じって鴬がかしましく饒舌している。然しここでは、鴬も雀程にも珍しく思われない。 谷あいの繁みをわけてゆくと、一軒の廃屋があった。暗い内部には、青苔のぬらぬらした朽ち果てた浴槽があって、湯が滾々(こんこん)とあふれている。手を触れる者さえな

文字遣い

新字新仮名

初出

「都新聞」1934(昭和9)年7月28~29日

底本

  • 空にむかひて 若杉鳥子随筆集
  • 武蔵野書房
  • 2001(平成13)年1月21日