よるのなみ
夜の浪

冒頭文

どちらから誘ひ合ふともなく、二人は夕方の散歩にと二階を下りた。婢が並べた草履の目に喰ひ入つてゐた砂が、聰くなつてゐる拇指の裏にしめりを帶びて感じられた。 『いつてらつしやいまし。』と、板の間に手をつく聲が、しばらく後を見送つてゐることゝ、肩のあたりにこそばゆい思をしながら、あの女にも嫉妬を持つと民子は自分の胸のうちを考へた。綺麗な女ではない、けれどもそのおとなしさと、少くも自分がここに來るま

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「女子文壇」1913(大正2)年7月

底本

  • 水野仙子集 叢書『青鞜の女たち』第10巻
  • 不二出版
  • 1986(昭和61)年4月25日復刻版